この記事を書いた人
くらげ|現役薬剤師。急性期病院・一般病院・調剤薬局で管理薬剤師を経験し、現在も調剤薬局に勤務しながら転職情報を発信しています。
「薬剤師は将来余る」と言われる一方で、「現場は人手不足で大変」という声も聞きます。一見矛盾するこの2つの情報、実はどちらも正しいというのが実態です。国は総数では供給が需要を上回ると見込む一方で、業態と地域の偏りを課題として明確に位置づけています。
この記事では、その仕組みを厚生労働省の需給推計と「薬剤師偏在指標」という公式の物差しから読み解き、求職者としてどう向き合えばよいかを整理します。
- 「不足」と「過剰」がどちらも正しい理由
- 薬剤師偏在指標という公式の物差しの読み方
- 国と都道府県が進めている薬剤師確保の取り組み
- 不足が深刻な分野・エリアへの転職で得られるメリットと注意点
- 不足を追い風にした転職戦略
結論:総数では過剰へ、業態と地域では不足
先に全体像をまとめます。「薬剤師不足」という言葉が指しているのは、人数そのものではなく配置の偏りです。
「不足」と「過剰」、どちらの情報を信じればいいか迷う人も多いと思いますが、両方とも正しいんです。大切なのは全国平均の数字ではなく、自分が働きたい分野・エリアで実際どうなのか、という視点で考えることです。
数字で見る需給の全体像
まず、国が示している需給推計を確認します。厚生労働省が「薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会」に示した薬剤師の需給推計では、次のように整理されています。
同じ資料には「地域での偏在も考えられるため、今後の人口減少社会における薬剤師の需要の変化も踏まえつつ、詳細な需給動向も今後検討すべき」という記述もあります。総数の話と偏在の話は、はじめから別々に扱われているのです。
一方で、現在の求人市場は明確な売り手市場です。厚生労働省の職業情報提供サイトによると、薬剤師の有効求人倍率は3.12倍(令和7年度・全国)。また、令和6年医師・歯科医師・薬剤師統計によると、届出薬剤師数は32万9,045人で前回から1.7%増えています。人数は増え続けているのに、現場では足りない。この矛盾を解く鍵が、次に説明する偏在指標です。
薬剤師偏在指標が示す「本当の不足」
2023年(令和5年)6月、厚生労働省は「薬剤師確保計画ガイドライン」とあわせて薬剤師偏在指標を示しました。これは、感覚論ではなく数字で不足を測るための公式な物差しです。
薬剤師の必要業務時間(需要)に対する、薬剤師の実際の労働時間(供給)の比率です。
- 1.0を下回る=需要が供給を上回っている(薬剤師が少ない・不足)
- 1.0を上回る=供給が需要を上回っている(薬剤師が多い)
- 国は指標に基づき、薬剤師少数都道府県・薬剤師多数都道府県を設定している
同じ県でも、薬局は「多い」・病院は「少ない」
この指標が優れているのは、都道府県単位だけでなく業態別(薬局・病院別)にも算出される点です。実際に自治体が公表している例を見ると、この記事の主題がそのまま数字で説明できます。
たとえば神奈川県が公表している内容によると、同県は県全体では指標が1.0を超えて薬剤師多数県にあたる一方、業態別では薬局は薬剤師多数、病院は薬剤師少数という状態になっています。「県全体では足りているのに、病院は足りない」という現象が、公式の指標として可視化されているわけです。
さらに、指標は二次医療圏の単位でも算出されています。同じ県内でも、県庁所在地の医療圏と山間部の医療圏では数字が大きく違います。「薬剤師不足」を語るなら、都道府県・二次医療圏・業態の3つまで絞り込んではじめて意味を持つということです。
偏在指標は都道府県が公表しており、内容や更新時期は自治体によって異なります。また、指標が示すのは地域全体の傾向であって、個々の職場の忙しさを表すものではありません。指標で当たりをつけたうえで、最終的には見学と面接で確かめてください。
転職先を考えるとき、住んでいる都道府県の薬務課のページで偏在指標を一度見てみてください。「なんとなく足りない気がする」が「病院は1.0を下回っている」に変わるだけで、話がまったく具体的になります。無料で誰でも見られる情報です。
なぜ薬剤師不足は解消されないのか
構造的な要因が複数絡み合っているため、不足はすぐには解消されにくいとされています。
- 高齢化に伴い在宅医療・訪問診療の需要が拡大しているが、対応できる経験者が少ない
- 業務範囲が調剤中心から在宅対応・多職種連携へと広がり、一人あたりの負担が増している
- 薬剤師の従事先は薬局に集中しやすく、病院や地方への配置が追いつかない
- 出身地と同じ都道府県で働く薬剤師が多く、人の流れが地域をまたぎにくい
従事先の偏りは数字にも表れています。厚生労働省の職業情報提供サイトによると、薬剤師が主に従事している施設は薬局が58.9%、医療施設が19.3%、医薬品関連企業が11.5%です(令和4年時点)。およそ6割が薬局に集まり、病院は2割弱という構造が、業態偏在の正体です。
また、厚生労働省の委託事業として行われた調査では、出身地と従事先の所在都道府県が一致している薬剤師の割合は54.9%と報告されています。半数以上が地元圏内で働いているということで、これが地域間で人が動きにくい一因になっています。
「薬剤師数は増えているのに、なぜ不足が続くのか」という疑問への答えは、単純な人数の問題ではなく、必要とされる場所・分野に人が届いていないという配置のミスマッチにあります。
国と都道府県は何をしているのか
偏在は放置されているわけではありません。求職者の立場でも、公的な取り組みを知っておくと選択肢が広がります。
具体的な確保策としては、地域医療介護総合確保基金を活用した修学資金の貸与や、基幹病院から地域の病院への薬剤師の派遣・出向といった仕組みが各地で進められています。制度の全体像は厚生労働省の薬剤師確保対策のページで確認できます。
求職者にとっての意味は明確です。病院薬剤師や薬剤師少数地域は、国と自治体が人を集めようとしている領域だということ。求人の条件面だけでなく、自治体独自の支援制度が使える可能性もあります。
病院薬剤師の確保が「喫緊の課題」と国の文書に書かれているのは、働く側から見れば追い風です。病院は給与面で薬局に劣ることが多いと言われてきましたが、確保策が動き始めた今は、条件を含めて一度きちんと比べてみる価値があります。
不足が深刻な分野・エリアへの転職で得られるメリット
人手不足が深刻な分野・エリアは、見方を変えれば求職者にとってチャンスの多い市場でもあります。
- 求人数が多く、比較検討しながら転職先を選びやすい
- 給与や待遇面で、採用側が積極的な条件を提示してくることがある
- 在宅医療など専門性の高い分野は、未経験からの育成体制を整えている職場もある
- 経験を積むことで、将来的な市場価値がさらに高まりやすい
とくに在宅医療は、報酬面でも後押しされている分野です。2026年6月に施行された令和8年度の調剤報酬改定では、在宅薬学総合体制加算1が15点から30点へ、個人宅を訪問する場合の加算2が50点から100点へ引き上げられました。在宅に踏み出す薬局が増えれば、対応できる人材の需要も高まります。今のうちに経験を積んでおくことは、長期的なキャリア形成という観点でも有利に働く可能性があります。
人手不足の職場を選ぶときの注意点
人手不足を理由に条件の良い求人を見つけても、注意しておきたい点があります。
- なぜ人手不足なのか(激務・離職率の高さなど、根本的な理由)を確認する
- 好条件の裏に、時間外勤務の多さが隠れていないか確認する
- 未経験分野の場合、教育・研修体制が実際に整っているか確認する
- 条件だけで即決せず、職場見学や面接で実際の雰囲気を確認する
見極めのヒントとして、2026年6月施行の調剤報酬改定が使えます。この改定では、かかりつけ薬剤師に関する薬局の体制要件として、常勤薬剤師の当該薬局における在籍期間が平均1年以上であること、または管理薬剤師が継続して3年以上在籍していることが新たに設けられました。つまり、薬剤師の定着状況を答えられる薬局は、この要件を意識して運営している可能性が高いということです。
面接では「薬剤師の平均在籍年数はどのくらいですか」「一日あたりの処方箋枚数と薬剤師の人数を教えてください」と、数字で聞いてみてください。「人が足りないから採用条件がいい」という側面だけでなく、「なぜ人が足りないのか」という背景まで見極めることが大切です。
人手不足の職場には2種類あります。地域全体で薬剤師が少なくて足りない職場と、人が定着せずに足りない職場です。前者は歓迎されますが、後者は入ってから苦労します。見分ける最短の質問は「直近3年で何人辞めましたか」です。
不足を追い風にした転職戦略
構造的な人手不足を、自分のキャリアにとってプラスに変えるための考え方を紹介します。
- 候補地の薬剤師偏在指標を、業態別まで確認してから動く
- 在宅医療・地域包括ケアなど、今後も需要が伸びる分野の経験を意識的に積む
- 不足が深刻な病院・エリアでは、条件交渉の余地が大きくなりやすい
- 複数の求人を比較検討できる立場を活かし、待遇だけでなく職場環境も見極める
- 人手不足だからこそ求められる即戦力性を、これまでの経験から示す
売り手市場の状況をうまく活用すれば、単に「採用されやすい」だけでなく、条件面でも自分に有利な形で転職を進めやすくなります。市場の構造を理解したうえで、戦略的に動いていきましょう。
よくある質問
まとめ
- 総数では今後数年は均衡、長期的には供給が需要を上回る見込み(厚生労働省の需給推計)
- 一方で業態偏在と地域偏在があり、とくに病院薬剤師の確保は喫緊の課題とされている
- 薬剤師偏在指標は1.0を下回ると不足。都道府県・二次医療圏・業態別に見られる
- 従事先は薬局58.9%・医療施設19.3%。出身地と同じ県で働く割合は54.9%で、人が動きにくい
- 国と都道府県は薬剤師確保計画で対策を進めており、病院や少数地域は追い風の環境にある
- 不足分野は好条件を得やすい一方、「なぜ人が足りないのか」の見極めが不可欠
「不足」と「過剰」、どちらの情報にも一喜一憂せず、自分が働きたい分野・エリアの実態を数字で把握することが、納得のいく転職への近道です。市場の構造を理解したうえで、戦略的にキャリアを選んでいきましょう。
※本記事の情報は2026年9月時点のものです。需給推計は前提条件を置いた試算であり、将来を確約するものではありません。薬剤師偏在指標は各都道府県が公表しており、算定時点や掲載内容は自治体によって異なります。最新の詳細な数値は厚生労働省および各都道府県の公表資料をご確認ください。

