この記事を書いた人
くらげ|現役薬剤師。急性期病院・一般病院・調剤薬局で管理薬剤師を経験し、現在も調剤薬局に勤務しながら転職情報を発信しています。
「希望の店舗で採用されたのに、入職後すぐ遠くの店に異動になった」。薬剤師の転職では、こうした異動と転勤の想定外が後悔につながりがちです。勤務地で選んだのに、転勤で前提が崩れてしまうのはもったいない話です。
この記事では2つのことを扱います。ひとつは2024年4月から、勤務地がどこまで変わりうるかを会社が書面で示す義務が生じたこと。もうひとつは、転勤命令をどこまで拒めるのかという判断の枠組みです。後者には最高裁が示した基準があり、育児や介護がある場合には法律上の配慮義務も定められています。
感覚で不安を抱えるより、確認できる材料を持って判断するほうがずっと確実です。
📌 この記事でわかること
- 2024年4月から「変更の範囲」が書面で示されるようになったこと
- 異動の可能性を確認する4つのステップ
- 転勤命令が権利の濫用になる3つの場合(最高裁が示した基準)
- 育児や介護がある場合の、法律上の配慮義務
- 職場タイプ別の異動・転勤の起こりやすさ
- 面接やエージェントでの角が立たない聞き方
- 入職後に話が違ったときに取れる手段
2024年4月から「変更の範囲」が書面でわかる
要点:労働契約を結ぶときに、入職直後の勤務地に加えて、将来どこまで変わりうるかを示すことが義務になった。転職者は必ずこの明示を受けられる。
まず言葉を整理します。同じ会社の中で勤務地や担当が変わるのが異動(配置転換)、勤務地が遠方に移って転居を伴うことが多いのが転勤です。会社が異動を行うのは、店舗の人員バランスの調整、欠員の補充、薬剤師の育成といった理由からで、本人の希望と関係なく決まることもあります。
ここで大きな味方になるのが2024年4月の改正です。労働基準法施行規則の改正により、会社は労働契約を結ぶときに、雇い入れ直後の就業場所と業務に加えて、それらの「変更の範囲」を明示することが義務づけられました。対象はすべての労働者で、パートや契約社員も含まれます。
出典:厚生労働省「2024年4月からの労働条件明示のルール変更」。あわせて有期契約の更新上限、無期転換申込機会などの明示事項も追加されています。
転職者にとっての意味:この明示が必要になるのは2024年4月1日以降に契約を締結・更新する場合です。つまりこれから転職する人は、新しく契約を結ぶので必ず明示を受けられます。一方、それ以前から同じ職場にいて契約更新がない人は、変更の範囲が書面で示されていないことがあります。今の職場で異動の範囲が曖昧なままの方こそ、転職時にはここを確認できるという利点があります。
面接で「基本は今の店舗ですよ」と言われても、口頭の説明は後から確認できません。大事なのは、面接で聞いた話と労働条件通知書の記載が一致しているかを照らし合わせることです。ずれていたら、その場で理由を聞いてください。それができるようになったのが、この改正の一番のありがたさです。
異動の可能性を確認する4つのステップ
確認はタイミングごとに段階を踏むと漏れがありません。
手順1 求人票でおおまかに把握する
求人票の勤務地欄を見ます。「転勤あり」「全国転勤」とあれば可能性は高め、「勤務地限定」「転勤なし」とあれば限定的です。なお職業安定法施行規則の改正により、求人を出す際にも将来の配置転換で変わりうる就業場所や業務を示すことが求められています。ただし求人票は概要にとどまることが多いため、ここだけで判断しないでください。
手順2 面接で実績を聞く
制度の有無より、実際にどれくらい異動が起きているかを聞くのが有効です。転勤や異動の頻度、対象になる範囲、直近数年の実績。あわせて、勤務地を限定できる制度があるかも確認しておきます。
手順3 内定後の労働条件通知書で確定情報を見る
最も重要な段階です。労働条件通知書や雇用契約書の「就業場所」と「変更の範囲」を確認し、口頭で聞いた内容と一致しているかを照らし合わせます。書面の内容が正式な条件になります。署名を急かされても、ここを読んでから判断して問題ありません。
手順4 就業規則の配置転換の規定を見る
余裕があれば、就業規則の転勤や配置転換に関する条文も確認します。「業務の都合により異動を命じることがある」といった定めが、会社が異動を命じる根拠になります。入職前に見せてもらえるか、エージェント経由で確認する方法もあります。
いちばん多い失敗は、求人票と面接の印象だけで決めてしまうことです。面接で「異動は少ない」と聞いていても、通知書の変更の範囲が「全店舗」なら、制度上はそこまで動きうるということになります。どちらが正式かといえば、書面のほうです。
転勤命令はどこまで拒めるのか
要点:会社の転勤命令権は無制約ではない。最高裁は権利の濫用になる場合の基準を示している。ただしハードルは高い。
就業規則や労働契約に転勤の定めがある場合、原則として正当な理由のない拒否は難しいとされています。ただし会社の転勤命令権は無制限ではありません。最高裁は昭和61年7月14日の判決(東亜ペイント事件)で、次のような場合には転勤命令が権利の濫用になり得るという枠組みを示しました。
⚠ 拒否のハードルは高いのが実際です
この判決では、同居の母親や保育士として働く配偶者を残して単身赴任することになる不利益について、転勤に伴い通常甘受すべき程度のものと判断されました。つまり「家族がいるから」という理由だけで拒めるわけではありません。
だからこそ、入職前に変更の範囲を確認しておくことが決定的に重要になります。契約で勤務地が限定されていれば、その範囲外への転勤命令はそもそも命じられません。
育児や介護がある場合の配慮義務
もうひとつ知っておきたいのが、育児・介護休業法の定めです。事業主は、就業場所の変更を伴う配置転換を行おうとする場合に、子の養育や家族の介護が困難となる労働者がいるときは、その状況に配慮しなければならないとされています。
配慮とは、必ずしも転勤を撤回することを意味するものではありませんが、事情を会社に伝えないままでは配慮のしようがありません。子どもの就学や親の介護といった事情がある場合は、面接の段階から共有しておくことをおすすめします。
判例の枠組みを知って、私はむしろ「入る前に決めておくしかない」と腹をくくりました。入職後に事情が変わって拒みたくなっても、法的には簡単ではありません。逆に言えば、契約の段階で勤務地を限定できていれば、その先の不安はかなり消えます。交渉するなら、入職前です。
職場タイプ別・異動や転勤の起こりやすさ
大手で働きながら勤務地を固定したい場合は、地域限定や勤務地限定の社員制度があるかが鍵になります。制度の有無だけでなく、給与や昇進への影響、あとから変更できるかまで確認しておくと安心です。
見落とされがちなのが病院です。転勤はなくても、調剤室から病棟へ、あるいは特定の診療科の担当へと業務が変わることはあります。勤務地ばかり気にして「業務の変更の範囲」を読み飛ばすと、想定と違う仕事を任されることになります。両方を見てください。
面接とエージェントでの聞き方
転勤の話は聞きにくいと感じる方もいますが、入職後のずれを防ぐための正当な確認です。長く働く意思を示しながら聞けば、印象を損ねません。
最後の質問は意外と重要です。内示から実際の異動までの期間が短い会社は、生活の立て直しが難しくなります。制度の有無だけでなく、運用の丁寧さも見えてきます。
自分で直接聞きにくいときは、エージェントに代わりに確認してもらうのが便利です。「家庭の事情で勤務地を動かしにくい」という条件は、求人を紹介してもらう前に伝えておいてください。後から言うより、最初から条件に入れてもらったほうが、双方にとって効率的です。
入職後に「話が違った」ときに取れる手段
要点:明示された労働条件が事実と異なる場合、労働者は即時に労働契約を解除できると労働基準法に定められている。
入職してみたら、示された就業場所や変更の範囲と実態が違っていた。そんなときのために、法律上の手段を知っておいてください。
- 労働基準法では、明示された労働条件が事実と相違する場合、労働者は即時に労働契約を解除することができると定められています
- さらに、就業のために住居を変更していた労働者が、契約解除の日から14日以内に帰郷する場合、使用者は必要な旅費を負担しなければならないとされています
- 求人を出す際の表示についても、職業安定法により正確かつ最新の内容とすることが求められています
実務的には、まず労働条件通知書の写しを手元に残しておくことが前提になります。書面がなければ「事実と違う」ことを示せません。エージェント経由で入職した場合は、担当者に事実確認を依頼することもできます。制度面の相談先としては、都道府県労働局や労働基準監督署の総合労働相談コーナーがあります。
この規定を使う場面が来ないのが一番ですが、知っているかどうかで入職時の心持ちが違います。労働条件通知書は、入職後もすぐ取り出せる場所に保管しておいてください。写真に撮っておくだけでも十分です。
よくある質問
まとめ
この記事のポイント
- 2024年4月から、就業場所と業務の「変更の範囲」の明示が義務。転職者は新しく契約を結ぶため、必ず書面で確認できる
- 確認は4段階で。求人票、面接での実績確認、内定後の労働条件通知書、就業規則の規定
- 転勤命令が権利の濫用になるのは3つの場合。業務上の必要性がない、不当な動機や目的がある、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる
- 拒否のハードルは高い。だからこそ入職前に範囲を確認し、必要なら勤務地限定で契約することが決定的に重要
- 育児や介護がある場合は法律上の配慮義務がある。ただし事情を伝えていなければ配慮のしようがない
- 明示された条件が事実と違えば、即時に契約を解除できる。労働条件通知書は必ず手元に残す
いちばん大切なのは、口頭の印象ではなく書面で確認することです。入職後に交渉するのは難しく、入職前なら選べます。納得したうえで契約すれば、想定外の異動による後悔はかなり防げます。
※本記事の情報は2026年9月時点のものです。労働条件明示のルールに関する記述は労働基準法施行規則の改正および厚生労働省「2024年4月からの労働条件明示のルール変更」、転勤命令の権利濫用に関する記述は最高裁判所昭和61年7月14日第二小法廷判決(東亜ペイント事件)、配置転換時の配慮に関する記述は育児・介護休業法、労働条件が事実と相違する場合の契約解除に関する記述は労働基準法に基づいています。判例の当てはめは事案ごとの事情により結論が異なります。個別の労働条件や転勤に関する判断は、勤務先、都道府県労働局や労働基準監督署の総合労働相談コーナー、弁護士などの専門家にご相談ください。

